今朝、日経に安倍首相がインド来訪の際に、東京裁判のパール判事の子孫と会談するという記事を読む。ふとテレビ覧を見るとNHKスペシャルでパール判事について特集が放映されるとのこと。さっそく見てみる。
東京裁判というのは歴史的事実として理解しているものの、このパール判事についてはあまり知らなかった。この裁判は日本の戦争責任追及のために米マッカーサー司令官の判断で実施されたものであり、ウェッブ裁判長(オーストラリア)を筆頭に判事は英・加・ニュージーランド・オランダなどの連合軍とその植民地(インド・フィリピン)で構成された。パール判事はインドからの判事であった。この判事選出からドキュメンタリーではその背景を説明していたが、要は、各国それぞれが威信をかけての参加であった。インドとしては、翌年、独立を控えた国家として、英としては、その主要国として、また欧州の威信をかけてなんとしても、その国家の地位を世界にとどろかせるためにも必須であった。~ただ、この裏としては、近年にドイツでおきたナチスに対する責任追及を決定づけた、ニュルンベルグ裁判の成功がある。
連合国側の意図として、国際法に基づき①平和に対する罪 ②人道に対する罪 を言及することによって、侵略者たち=ナチスを罰した経験から、東京裁判でも同様の判決に方向づけることを想定の上として、始められた。 特に、この傾向はイギリス、パトリック判事に強く反映していた。そして、この原論が裁判書憲章に掲げられ、開廷される。
あえて、各国から判事を選出し、限りなく公正な判断を下すよう法定内で期待されたことではあったが、この期待とは全く異なる現象が起きる。
開廷の際には間に合わず出席していなかったパール判事が遅れて参加後、根本的な事を指摘する。それは、事件発生時の法を合法とし、それ以降できた新しい法を時代をさかのぼり、裁くことはできないということ。これは、法曹界の原点であり、周知の事実である。 判事内での動揺は大きく、以後、裁判書憲章を主張するパトリック判事X国際法の在り方を主張するパール判事という相対する流れが裁判自体の解釈に大きな衝突をつくることになった。
各国の判事の背景を含めて、様々な視点から彼らを見ると、やはり、大きな違いは先進国=侵略国と植民地=被害者という立場、特にパール判事に関しては、カースト制度の中で、低い身分に生まれ持った運命やその差別。先進国の人間には到底理解しがたい苦難の道を歩んできた背景が誰よりも強い平和思想を生み、裁判の解釈にもかなりの影響を及ぼしている。戦争という武力で侵略する方法を誰よりも避難した。
ただ、彼はそのような思想がある中でも、法曹の人間としての尺度を最後までつらぬいている。共同謀議ということについても、国際法において、犯罪として認められないという観点から、国際法では裁くことができないという理解を示した。そして連合国側が「侵略」=ニュルンベルグ裁判に習い、①②による国際法で片付けようとする姿勢にあくまでも反対した。
しかし、彼は、彼なりに日本の起こした数々の事件やその背景にある日本政治思想を解釈している。裁判期間中、彼はまさに日本滞在中、裁判に関わる調査に没頭し、非常に細部にわたり、膨大な資料や文書を残している。彼の解釈として、「南京事件」や「パターン行進」行為は明らかに残虐な行為であり、侵略であるといわざるをえない。また、日本による満州建国については、明治維新以来、なんでも西洋をお手本にして国家発展を懇願している日本政府は西洋の植民地支配のような理想があり、その欲望が満州国として掲げられたとしている。
長年の裁判の中で、このようなパール判事の解釈に共感するレーニング判事(オランダ)の存在も大きくなる。また、判事内で様々な解釈のもと、東京裁判の意義を追求する姿勢が深まることとなった。
結論として出したパール判事の判決は、
・特記すべき事件は多くあり、日本は過ちをおかした。
・事件当時には国際法が未熟であり、後から制定された法律で裁くことはできない。その当時の法で有罪にあてはまらない。つまり無罪とする
法曹の人間としての裁量が大きいといえる。
パール判事に最も影響を受けたレーニング判事は、国際法を事実に基づき、「将来戦争を起こさない」彼なりの解釈を含めて、
・平和に対する罪 該当者には有罪
・侵略ー共同謀議については死刑
そのほかを無罪を判決として示した。
~判事内でも多くの衝突があり、想像を絶する困難な道のりとなったが、最終的にウエッブ裁判長が25名全員を有罪とし、7名を絞首刑とした。この判断は裁判書憲章にある
①平和に対する罪 ②人道に対する罪
に基づくものであるとしたが、判決の中で、判事内で反対意見があったという事実もあわせて伝えた。
~ドキュメンタリーを拝見して、東京裁判の背景や判事たちの様々な衝突は大変驚かされたとともに、非常に複雑な心境となる。この裁判の判事に連合国のみで実施された場合にはこのような物議をかもしだすことは到底ありえなかっただろうし、誰もがこれほどまでにパール判事の影響が多大になるとは想像しなかっただろう。結果として彼の判決は通らなかったが、その後の国際法の解釈や、また法整備、そして、国際刑事裁判所の設立など、特に戦争・内紛解決について多くの影響を与えたことは間違いない。国際法は、どうしても、各国の諸事情や外交がかかわることは必須であり、パワーのウェイトを感じざるを得ないが、パール判事の行動の意義を十分に感じた内容であった。非常に刺激的であり、インドにかなり興味をもった。
安倍首相のニュースが楽しみである。
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